~現に問い合わせがあるわけではないが、仮にあれば訊かれるであろう想定問答集~(日々是更新)
Q8:これからも、折原さんテーマ限定ブログは続く?
A8:少なくとも双方向なアイドル対ファンという交流が続く限り、続けたいね。折原さんが超メジャー化して、今以上に手の届かない存在になったとしても、別の形で応援は続けるよ。
なにしろ、私が過去に見込んだ歌手なり女優で、ブレイクしなかった人は一人も居ないし、今も変わらぬ息の長い有名人として現に存在しているからね。すごく勝手な論理だけど。
アイドルは私にとっては初のケースだけど、折原さんなら大丈夫と確信している。
Q9:でも、なんでそこまで?
A9:ブログ「おりりんハート」と写メおりりん日記の存在と、それら全体から醸成される飾りのない折原さんの内面の表示。
それらがなければ、そこまで折原さんのことを応援したいと思えたかは疑問だったろう。
いうまでもなく、一方的に眺めているだけの存在ではいつかは飽きてしまうから。
例を挙げよう。近いところで9/24(goo版おりりんハート»イベントに来てくれたみんなに愛を)
この記事は、参加者全員が、これはほかでもない自分だけに対するメッセージなのではと感じたのではないだろうか。仮にそうでも、そうとは書けないのがアイドル対ファンという構図における宿命だが、そんなことはさして問題ではない。重要ポイントは、それだけの思いを、折原さんが私たちに表明してくれたという事実だ。
過去の、おりりんハートや折姫イベント時のブログや写メ日記を参照してみるといい。
全然、思いの度合いが違う。
また、8/9(goo版おりりんハート»涙って、なんだろう?)
この記事も、折原さんの深い内面を吐露した記事であるということは誰の目にも疑いはないだろう。受け手側の解釈は様々とは思うが。
これらの話は、相当立ち入った、十分な信頼関係を構築した上でなければ触れることのできない話ではないか?しかも、リアルで身近な人間関係ではなく、本来眺めていることだけしか許されず、自分ではどうすることもできないアイドルさんの心情なんだよ?
さらに、折原さんは携帯メールで一文字一文字をかみしめながら、自分のハートをおにぎりのようにしっかり握って文面を作成している(らしい)。PC上での文面作成よりも、手間暇かけて。
そうやって出来上がったものを、私の大嫌いな「重いよ、引いちゃう」…そんな残酷な言葉で切り捨てることはできない。かといって、真意はどこにあるのか、問いかけることも触れることもできない。これは決して侵すことのできない折原さんの心の一線だから。
あなたは、他のアイドルのブログ記事から、ここまでのことを考えたことがあるだろうか。私はなかったし、しかも、
「なに、深夜に自分ひとりで熱くなっているんだよ。」
という自覚を持ちながらも、当記事を書けることを幸せに思っている。
当ブログ初回記事の"おりりんの心を感じても気持ちを伝えられないもどかしさ"の趣旨は、おりりんハートにコメントを書けなかったことではなく、折原さんに言っては、また訊いてはならないことが、あまりにも多いことに対するもどかしさであったのかもしれない。
Q10:"生おりりん"絡みの記事でもないのに、平日更新は初めてでは?
A10:なんかね、おりりんハートを感じるんです。最近の折原さんのブログ記事から。だから、独り言ち、せねばなるまいと。
Q:そういう発言、問題ないんですか?
A:でしたら、妄想ということにしておいて下さいな。
とにかく、私、いやすべてのファンは、折原さんを応援するという形でしか、彼女に好きだという感情を示せない立場なんですからね。野暮なことは言いっこなしなし。