2007'08.20 (Mon)
FLASH★おりりん
2007年9月4日号 p.65-
折原みか、真夜中の都内ゲリラ欲情撮!−胸騒ぎの深夜に豹変
写真家;野澤亘伸 氏
参考(?);1時まで待機
FLASH☆今日発売
今回の写真家は、ネット検索を掛けるとグラビア系とのことだが、これまでにお馴染みの小塚さんや西條さんの手によるものとは雰囲気が全く異なるショットが並ぶ。
記事中では、夜になると大胆になれちゃう夜光虫と自己表現。素直で大胆な自分の姿が現れているかも、とも。
FLASHの客層向けの、ややオトナないしはちょいワル娘的な彼女の言葉(もっとも、ニュアンスがどの程度正確に記事文言として反映されているかは不明)に、思わず頬を緩める
グラビアのロゴの常として、文字だけが勝手に興奮しているさまに普段通り違和感を覚えつつ(苦笑)、雑誌のホチキスの玉を外し、あの女性のグラビア部分だけを抽出したため、もはや袋綴じではなくなった一枚の紙を広げる。残りは即刻リサイクル箱行きだ。
さて、いつものひまわりオキニのおりりん☆ショットだが…。
ない。
ひまわりの見慣れたグラビアの彼女は、そこには居なかったからだ。
かわゆくて、せくすぃーで、格好好くて、アンニュイで、ツンデレで、畏(おそ)れ多くて、意を決していて、悲しげで、嬉しそうで、恥じらっていてetc…。彼女のためだけに用意している数々の言葉の使い道が見付からない。
そこに居るあの女性は、彼女の、内に秘めた大胆な側面を露わにした別の姿とも決して見えなかった。
別人のようだった。そう思うことにした。
ショットは、袋綴じではない表紙と末尾頁に各々大判一ショット、袋綴じの二頁分には計七ショットの彼女だ。その一頁目には大判一枚に小さなショットが右下に縦二枚並ぶ。二頁目は均等に四分割。
この日は確か雨の日、あの時期の気候ではまだ寒かろうと思われるほど、露出度の高い彼女もショット中には存在している。
真夜中に頑張ってくれた日だった。ひまブロ記事をリアルタイムに書きながら、彼女にエールを送っていたことを覚えている。
そんな彼女の頑張りを知っているのに、過去に味わった痛みが再びうずく。彼女には二度と目にして欲しくないから、リンクにはしない。年頭の、ヤングガンガンのグラビアレビューや、BWHグラビアの最新作などだ。
笑顔がある、私が大好きな彼女の表情の一つであるマヂ顔もある。
なのに、何も感じない、感じられない。苦しみしか。
彼女の頑張りも、彼女の魅力を最大限引き出すことのできるプレゼンターの手によらなければ、大きく損なわれてしまう悲しさを久々に味わっている。
あぁ。無性に、生おりりんに会いたいな。今すぐ。
ショットの一瞬、それは演出の施されたもの。彼女の全てを写し出すものでは、断じてない。
生おりりんが、いつも一番で愛しい事実なんて分かりきったこと。それを確認し続けた、これまでのひまわりにとっての一年間じゃないか。
一目会うだけでいい、そのことを再確認してから、このグラビアを直ちに通り過ぎたい思いが、ほのかにひまわりの心中を先ほどからずっと巡り続けている…。
私はひまわりだから、ポーズだけで何かを感じさせようとするような、営業戦略的な彼女の姿は苦手だ。彼女をそうさせるプレゼンターの作品は、ひまわりは容赦なく評価しない。
辛いんだもの。
ここに存在するショットには、彼女の顔、そして表情に一度もピントが合わせられていない。
女性の象徴にしか、合焦していないじゃないか。何を撮っているんだよ!!!(怒)
袋綴じページ部分を一瞥して、まず不快感が胸にこみ上げて来て、そして心の中に涙が浮かぶ。
ひまわりが彼女のグラビアを見て、ときにそれを破り捨てたくなるほどの思いに一瞬充たされることが稀にある。それは、彼女が大切に扱われていない瞬間を目撃するときだ。
そして、彼女の魂が感じられないとき。好きな人に自身を晒すような気持ちであるはずなのに、恥じらいが感じられないとき。
大胆ショットという演出であったとしても、恥じらいを示さないこととは同義ではないはずだ。
グラビアでは、ソツなくクールになんか、決してこなさないで欲しい。もっと感情を露わにして欲しい。
生おりりんとしてはいつも表情豊かで素敵な彼女で、そんなあなたに何が何でも会いに行き続けたいと常に願っている。そして、現場への皆勤がただ一度途絶えることが、おそらくひまわり以外には全く何の意味もないのに、リアルひまわりの人生にも関わるような重大事として据えた時期もあった。
しかし、本グラビアでは、どうしてそんな彼女として会わせてくれなかったのかな。
そんな一ファンの思いを考えた上で、最高の彼女をプレゼンテーションしてもらえることは、望むべくもない。
だから、ひまわり自らが彼女にレンズを向けて、彼女の魂に一瞬触れたいと思って撮影会に足を運ぶんだよな。
会って初めて知ることのできる彼女の魅力に、もはや十分に満たされているから、グラビアの彼女がどのようなものであれ、いつも安心していられるんだよな。
そんなことを思いながら、一般大衆への告知効果は十分であって欲しいと願う。FLASHの読者は、このような彼女を望んでいるに違いない。
今号のFLASHの売り上げは上がるよ。彼女のお陰でね。袋綴じ効果は抜群なはず。わざわざFLASHを購入までする層が、開かないと分からないグラビアをスルーする訳がないもんね。
きっと、そのことの方が重要なんだ。ひまわりが、ズレているんだょ、多分。
ごめんね。
p.s. 深夜の撮影、頑張ってくれてありがとね、折ちゃま
折原みか、真夜中の都内ゲリラ欲情撮!−胸騒ぎの深夜に豹変
写真家;野澤亘伸 氏
参考(?);1時まで待機
FLASH☆今日発売
今回の写真家は、ネット検索を掛けるとグラビア系とのことだが、これまでにお馴染みの小塚さんや西條さんの手によるものとは雰囲気が全く異なるショットが並ぶ。
記事中では、夜になると大胆になれちゃう夜光虫と自己表現。素直で大胆な自分の姿が現れているかも、とも。
FLASHの客層向けの、ややオトナないしはちょいワル娘的な彼女の言葉(もっとも、ニュアンスがどの程度正確に記事文言として反映されているかは不明)に、思わず頬を緩める

グラビアのロゴの常として、文字だけが勝手に興奮しているさまに普段通り違和感を覚えつつ(苦笑)、雑誌のホチキスの玉を外し、あの女性のグラビア部分だけを抽出したため、もはや袋綴じではなくなった一枚の紙を広げる。残りは即刻リサイクル箱行きだ。
さて、いつものひまわりオキニのおりりん☆ショットだが…。
ない。
ひまわりの見慣れたグラビアの彼女は、そこには居なかったからだ。
かわゆくて、せくすぃーで、格好好くて、アンニュイで、ツンデレで、畏(おそ)れ多くて、意を決していて、悲しげで、嬉しそうで、恥じらっていてetc…。彼女のためだけに用意している数々の言葉の使い道が見付からない。
そこに居るあの女性は、彼女の、内に秘めた大胆な側面を露わにした別の姿とも決して見えなかった。
別人のようだった。そう思うことにした。
ショットは、袋綴じではない表紙と末尾頁に各々大判一ショット、袋綴じの二頁分には計七ショットの彼女だ。その一頁目には大判一枚に小さなショットが右下に縦二枚並ぶ。二頁目は均等に四分割。
この日は確か雨の日、あの時期の気候ではまだ寒かろうと思われるほど、露出度の高い彼女もショット中には存在している。
真夜中に頑張ってくれた日だった。ひまブロ記事をリアルタイムに書きながら、彼女にエールを送っていたことを覚えている。
そんな彼女の頑張りを知っているのに、過去に味わった痛みが再びうずく。彼女には二度と目にして欲しくないから、リンクにはしない。年頭の、ヤングガンガンのグラビアレビューや、BWHグラビアの最新作などだ。
笑顔がある、私が大好きな彼女の表情の一つであるマヂ顔もある。
なのに、何も感じない、感じられない。苦しみしか。
彼女の頑張りも、彼女の魅力を最大限引き出すことのできるプレゼンターの手によらなければ、大きく損なわれてしまう悲しさを久々に味わっている。
あぁ。無性に、生おりりんに会いたいな。今すぐ。
ショットの一瞬、それは演出の施されたもの。彼女の全てを写し出すものでは、断じてない。
生おりりんが、いつも一番で愛しい事実なんて分かりきったこと。それを確認し続けた、これまでのひまわりにとっての一年間じゃないか。
一目会うだけでいい、そのことを再確認してから、このグラビアを直ちに通り過ぎたい思いが、ほのかにひまわりの心中を先ほどからずっと巡り続けている…。
私はひまわりだから、ポーズだけで何かを感じさせようとするような、営業戦略的な彼女の姿は苦手だ。彼女をそうさせるプレゼンターの作品は、ひまわりは容赦なく評価しない。
辛いんだもの。
ここに存在するショットには、彼女の顔、そして表情に一度もピントが合わせられていない。
女性の象徴にしか、合焦していないじゃないか。何を撮っているんだよ!!!(怒)
袋綴じページ部分を一瞥して、まず不快感が胸にこみ上げて来て、そして心の中に涙が浮かぶ。
ひまわりが彼女のグラビアを見て、ときにそれを破り捨てたくなるほどの思いに一瞬充たされることが稀にある。それは、彼女が大切に扱われていない瞬間を目撃するときだ。
そして、彼女の魂が感じられないとき。好きな人に自身を晒すような気持ちであるはずなのに、恥じらいが感じられないとき。
大胆ショットという演出であったとしても、恥じらいを示さないこととは同義ではないはずだ。
グラビアでは、ソツなくクールになんか、決してこなさないで欲しい。もっと感情を露わにして欲しい。
生おりりんとしてはいつも表情豊かで素敵な彼女で、そんなあなたに何が何でも会いに行き続けたいと常に願っている。そして、現場への皆勤がただ一度途絶えることが、おそらくひまわり以外には全く何の意味もないのに、リアルひまわりの人生にも関わるような重大事として据えた時期もあった。
しかし、本グラビアでは、どうしてそんな彼女として会わせてくれなかったのかな。
そんな一ファンの思いを考えた上で、最高の彼女をプレゼンテーションしてもらえることは、望むべくもない。
だから、ひまわり自らが彼女にレンズを向けて、彼女の魂に一瞬触れたいと思って撮影会に足を運ぶんだよな。
会って初めて知ることのできる彼女の魅力に、もはや十分に満たされているから、グラビアの彼女がどのようなものであれ、いつも安心していられるんだよな。
そんなことを思いながら、一般大衆への告知効果は十分であって欲しいと願う。FLASHの読者は、このような彼女を望んでいるに違いない。
今号のFLASHの売り上げは上がるよ。彼女のお陰でね。袋綴じ効果は抜群なはず。わざわざFLASHを購入までする層が、開かないと分からないグラビアをスルーする訳がないもんね。
きっと、そのことの方が重要なんだ。ひまわりが、ズレているんだょ、多分。
ごめんね。
p.s. 深夜の撮影、頑張ってくれてありがとね、折ちゃま

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おりりんの情報源
この記事、珍しくも69回もの修正を加えたあげくに結局未完成記事として確定。
終業後、帰宅時の車内携帯投稿に始まり、PCのブログ編集画面を開きっぱなしで自室に出たり入ったりしながら、逡巡し続ける。
一般大衆への告知効果という彼女にとって重要な機会、といういつものキーワードで一貫させれば数分で書き切れる記事が、どうしても書けない。
どうしても割り切れない思いが、ずっと脳裏を駆け巡る。
彼女の活動の主たるステージであるグラビアの場を、私の言葉でいささかも汚すことは許されないのに、彼女の苛立ちと悲しみを目に浮かべながらも記事にしてしまう。
プライベートでリアルな友達なら、恋人なら。そんな女性しか私には存在しないから、アイドルな彼女だってその意識の延長でしか見れない。
そんないつものスタンスならば、明らかに口にしているはずだからここで言葉にする。
リアルなら、それで二人の絆が深まる機会にも、ときにはなり得るものだった。
しかし、彼女はアイドルなのだから、ファンとしての立場では、何を思っても万歳!でなければならないのだ。苦言があるなら、何も言わずに去るべきなのだろう。
でも、ひまわりにはやっぱり無理だ。
多分、これがひまわりの最大の欠点なのだろう。
次回の対面時、仮に彼女からスルーされたとしても、何も変わらずこれまで通り、彼女に会いに行くだろう。
私が彼女に会いたい事実は、彼女が私をどう思おうと、いささかも揺らぐものではないからだ。